コロナ禍でインフラのデジタル化が加速し、金融業界においてもタッチレス決済やオンライン契約が主流になりつつあります。SMBCグループは「歴史の長いメガバンクのデジタル化は保守的で進みにくい」というイメージを塗り替え、金融業界の変革をリードしています。
SMBCグループCDIOの谷崎勝教氏は、CDO(Chief Digital Officer、最高デジタル責任者)という役割の認知と普及に貢献した人物として「Japan CDO of The Year
2022」(※)に選出され、保守的な業界の変革を加速させる旗手として注目を集めています。
今回は、元日本マイクロソフト業務執行役員でJAC
Digitalアドバイザーである澤円氏がインタビュアーとなり、銀行という枠を超えたチャレンジと、それを支える風土について事例を交えながら、谷崎氏と「金融の未来」を語り合ったイベントの様子をお届けします。
※ 本記事は2023年3月2日にJAC Digitalが開催したオンラインイベントを一部抜粋・再構成したものです。
※Japan CDO of The Yearとは
一般社団法人CDO Club Japanが、当団体のミッションの一つである「最高デジタル責任者(CDO)という役割の認知と普及」に貢献した個人を表彰。
CDO Club(米国)では、2013年より、毎年CDO of The Yearを開催。
2013年は、オバマ氏の大統領就任に当たり、「WhiteHouse.gov」の作成を担当したTeddy Goff氏。
2015年は、スターバックスのCDOのAdam Brotman氏、2017年は、IBMのGlobal Chief Data OfficerのInderpal Bhandari博士などが受賞している。
―1. 金融業界のデジタル化はこれからがおもしろい
澤氏:谷崎さんが受賞した「Japan CDO of The Year 2022」は、CDO Club
Globalというワールドワイドな組織の評価を経て決定されています。国内のみならず、忖度(そんたく)の通用しない世界においても高い評価を得たということで、とてもうれしく思いました。受賞のポイントはどのあたりにあるとお考えですか?
谷崎氏:デジタルの力で世の中やビジネスを変革していく取り組みが、しっかりと認知された結果だと思います。この1〜2年は意識的に外部への露出を増やしていたのですが、それはSMBCグループとして提供するサービスを世の中にしっかり発信しなければ、お客さまの反応がわからないからです。自分達が取り組んできたことや、これからの試みを伝えることで、マーケティングの最初のポイントになるよう意識していました。もちろん多くの失敗もありましたが、その中から軌道に乗る取り組みが出てきたことや、アメリカや東南アジアでサービス展開を進めている姿勢も評価されたのだと思います。
澤氏:歴史の長い銀行業界から、CDOという比較的新しいポジションの代表者として選出されたことも興味深く感じました。
谷崎氏:10年ほど前にFinTech(フィンテック)というキーワードが盛り上がりましたが、もともと銀行は半世紀以上デジタルと共存してきた業態です。手作業で利息を計算していたような働き方から、どこの支店やATMでも簡単にやり取りできるようになった変化は、まさにテクノロジーによる恩恵といえるでしょう。ただし、これまでは銀行側の人員削減や時間短縮ばかりにデジタルが使われてきましたが、これからはお客さまに良質な体験をもたらすためのビジネスにつなげていく必要があります。テクノロジーが大きく進化している現代だからこそ、真っ白なキャンバスに絵を描くような感覚で、新しい金融のあり方を考えられるおもしろさがあると考えています。
―2. 守りのビジネスから攻めのビジネスへ
澤氏:谷崎さんがSMBCグループのCDIO(Chief Digital Innovation Officer)に就任するまでの経緯や、デジタルを意識しはじめたきっかけを教えていただけないでしょうか。
谷崎氏:「どの業界から銀行に入ったのですか?」と聞かれることもありますが、1982年からずっと銀行員として働き続けています。デジタルに取り組む転機になったのは、12年ほど前にシステム企画部長という職務を命じられたことです。まずは業務システムの運用保守や効率化、サイバー攻撃への対策など、手堅い部分から取り組みました。しかし、もともと金融資産の運用など利益が求められる業務を担当していたこともあり、徐々に「いかにデジタルの力でビジネスを生み、大きな利益を上げるか」という、攻めの志向へと変わっていきました。
澤氏:銀行という業態の特性上、守りのデジタル活用は受け入れられやすそうですが、攻めに転じるのには勇気が必要だったのではないでしょうか。
谷崎氏:同期として入行した現社長(取締役 執行役社長 太田
純)が、新しいビジネスや若い人材を支援する動きを進めていたことは、力強い後押しになりました。一般的な銀行の業務では、組織を作って人材を集め、リソースの投入に応じてリニアな成長が見込めるような経営計画を立てます。安定的な成功を目指す従来の業務に対し、私はデジタル分野で前例のない仕事に取り組むわけですから、もちろん失敗は起こります。しかし、ダメだと思った時点で引き返せば、いきなり巨額の負債を抱えることもありません。そうした試行錯誤の末に、数年赤字を出した後で飛躍的な成長を遂げた事業が生まれ、非連続的な成長が起こるデジタル領域のビジネスの醍醐味や、既存の銀行業を超えていけるという手応えを感じるようになりました。
―3. グループを横断する「Olive」と、若手社長が率いる「SMBCクラウドサイン」
澤氏:具体的な施策についてうかがいます。ちょうどこのイベントの前日、2023年3月1日にはじまった「Olive」はどのようなサービスでしょうか。
谷崎氏:簡単にいうと、銀行口座やクレジットカードの機能が統合された、個人のお客さま向けの総合金融サービスです。アプリでOliveアカウントを開設することで、三井住友銀行の口座と三井住友カードのクレジット、さらにはポイント払いや保険まで、SMBCグループのキャッシュレスサービスを横断して使い分けることができます。個々の会社がおのおのの事業を追求するだけでは成り立ちませんが、三井住友カードの社長が統合を目指して推進したことによって、グループをまたいだサービスが実現しました。「Olive」をベースにすべての取引がスマホでできるようになれば、物理的な銀行の役割も変わるでしょうし、今後のさまざまな展開のハブになることを期待しています。
澤氏:SMBCはアプリの完成度が高く、ストアの評価も好調で、インターネットバンクの黎明期(れいめいき)からすると大きな進化を感じます。単純な銀行機能のデジタル化を超えた、新しい価値が生まれていますよね。
谷崎氏:今までと同じビジネスなら、既存の事業部に任せればいいわけであって、私は「金融+α」にデジタルで取り組んで、業務の枠組み自体を変えていきたいのです。「SMBCクラウドサイン」という電子契約サービスをはじめたきっかけも、社内のハンコや手書きの署名という煩わしい手続きを変えたかったからでした。内側だけで変えられないのであれば、契約がデジタルで完結するような文化や仕組み自体を、「事業を通じて実現すればいい」という発想です。当時37歳だった発案者に「SMBCクラウドサイン」の社長を任せ、現在では単月黒字を続けるほどの事業にまで成長しました。
澤氏:攻めのデジタルでしっかり稼ぐという谷崎さんの方針が実現されていますね。また、年功序列にこだわらず、若い方に社長を任せるという判断も素晴らしいと感じました。
谷崎氏:社長として会社をハンドリングすることと、銀行の中で与えられた業務を一生懸命こなすことはまったく違いますし、自分の頭で考えた経験は必ず大きな糧になります。見込みのある新しい事業の発案者を社内ベンチャーの社長に抜擢する「社長製造業」という取り組みを進めていますが、一般社員も業務の中でクリエイティビティを発揮し成長できるような、新しい人事制度も構想しています。
―4. ボーダーレスな時代を生き抜くための人材採用
澤氏:銀行内からデジタルビジネスに取り組む方々のお話をうかがってきましたが、社外からの採用にも力を入れているのでしょうか。
谷崎氏:オープンイノベーション的な観点で、人材は広く募集しています。私たちは金融の世界から外に出ようとしていますが、逆もしかりであって、通信やECといった業界から金融業への参入も起きています。そうした環境で戦うためにも、既存の銀行員だけで足りない部分があれば、外からも人材を集め、グループとしての能力や強みを増やしていく必要があるからです。また、デジタルの推進によって、私たちは電子契約や生体認証、さらには広告ビジネスまでも扱えるようになりました。競争相手と同じように、手をつなげる相手の幅も増えていますから、業界の垣根は積極的に壊していきたいと考えています。
澤氏:豊田章男さん(トヨタ自動車株式会社 代表取締役会長)は「トヨタの将来のライバルは、IKEAになるかもしれない」とおっしゃっていました。自動運転が発展した未来では、家具や部屋のプロであるIKEAの知見が、車内での過ごしやすさにおいて強さを発揮するという考え方です。あらゆる業界でボーダーレス化が進むことを象徴するような発言ですよね。実際に別業界からの転職を検討している方たちのために、SMBCグループでの働き方やカルチャーを教えていただけますか?
谷崎氏:営業の現場は別ですが、本部では部長クラスもカジュアルな格好で仕事をしています。もちろんシチュエーションによりますが、たとえば、ラフな格好の方やベンチャーの経営者さんと接するときに、私たちだけがスーツを着ていると違和感がありますよね。こうした変化を察知した人事部が、早くからドレスコードフリーなどを推進してきたこともあり、効率的な仕事をするための環境や雰囲気は整ってきたと思います。
―5. SMBCグループでデジタルに取り組むことは「箔」になる
澤氏:谷崎さんは今、どんな人と一緒に働きたいですか?
谷崎氏:「デジタルビジネス人材」と呼んでいるのですが、ゼロからビジネスを立ち上げて、サービスとしてローンチするところまで完結できる人と働きたいです。巨大な金融グループなので、新しいことをはじめようとすれば、さまざまなハードルと対峙したり、反発を受けたりする場面もあるでしょう。そこでは特定のテクノロジーに長けていることよりも、困難を乗り越えていくパワーが重要になります。壁にぶつかってもへこたれず、情熱を持って世の中を変えていく強い意志を持った方に来てほしいです。
澤氏:新しいビジネスをクリエイトする人が増えていけば、グループの中で連鎖的な発展も起こりそうです。歴史ある銀行グループの中でカルチャーを作ることができれば、日本に対しても大きな影響を与えられるはずですし、とてもやりがいのある仕事だと思いました。
谷崎氏:もちろん銀行法という制約の中で戦うという前提はありますが、「法律がこうだから諦める」という発想ではイノベーションを起こすことはできません。壁を乗り越えるために試行錯誤できないようでは、いつまでも組織が生き延びられるとは限らないという健全な危機感は経営層で共有していますし、こうした環境の中で何かをやり遂げることが、その方のキャリアの「箔」になるようにしたいと考えています。
―6.質疑応答
Q.DXを社内で進めるうえで、経営施策に対するgo/not goの判断基準で大事にされていることはありますか?投資対効果の証明が難しい局面もあると思うので、どのような観点で経営判断されているかお考えをお聞きしたいです。
谷崎氏:一番の判断基準は、お客さまに刺さるビジネスかどうかです。もちろん参入のタイミングや事業のスケーラビリティも考えますが、まずはニーズをはっきりさせることが最優先です。投資対効果という意味では、安定性が高い代わりにリターンも跳ねない、いわゆる業務効率化のためのIT投資とは切り離したビジネス投資として考えます。数年後には投資額の何倍ももうかるかもしれない、そう思えるようなプロジェクトであってほしいです。
Q.DX人材を外部から採用すると、社風や人事制度などがマッチせず短期離職につながりかねません。谷崎さんが現職に就任してから、組織を拡大するために意識したことや変えたことはありますか?
谷崎氏:最初のころは、やはりなじめずに辞めていく人もいましたが、ある程度は仕方がないことだと思います。深追いするよりも、辞めてしまったことを後悔させるような組織にしていこうと切り替えて考えました。内部で優秀なDX人材が育ちはじめると、全体のレベルが上がり、外部から来た人ともシナジーが生まれます。採用した人材が定着するようになってからは、その人たちが銀行のカルチャーに染まらないようアドバイスしていました。せっかく外から来たのだから、銀行員的な発想に縛られる必要はありません。
澤氏:辞めることを受け入れるのにも、経営者としての胆力が求められます。資本主義社会において、人材の流動性が高まるのは自然なことですから、その事実を受け入れつつ、いいタイミングで活躍できる人材がSMBCグループを居場所として選んでくれるように環境を整えているのですね。
Q.国内でも他業種からの金融参入事例が増えています。ネット発の参入企業に対し、SMBCグループが強みとして対抗できる点や、ここは勝てないのではと危機感を持っている点があれば教えていただきたいです。
谷崎氏:私自身がネット銀行の取締役を務めていた経験もありますが、単なる銀行としての機能だけを見れば、そこまで大きな脅威だとは思いません。彼らの本当の強みは、銀行をハブにして、その周りでECやハードウェアと連携した経済圏を組み上げていけることでしょう。また、Amazonのような巨大企業が銀行に参入しようとしても、おそらく国が発行するライセンスは取得できないはずです。これまでに銀行が培ってきた信用や信頼は想像以上に大きいものですし、逆に、私たちがそれを失ってしまえば、単なるデジタルサービス企業体になってしまうという認識も持っています。
Q.デジタル施策を展開する中で、銀行内ではどの部門が一番厄介でしたか? 相当頑固な組織が乱立しているイメージがあるので、お聞きしてみたいです。
谷崎氏:どの部門も意見を伝えてくれますが、それは施策を次に進めるためのステップだととらえています。たとえば、法律的な問題を指摘してくれる部署も、厄介な抵抗勢力として見るのではなく、ベンチャーにはない大企業のアセットとして考えれば心強いですよね。社内の組織であっても法律的な課題であっても、壁にぶつかるたびに解決策を考える、その繰り返しでしかないと思います。
Q.講演をお聞きし、ビジネスや役割は「自分で作れ」というメッセージを受け取りました。しかし、特に旧態依然とした会社においては、孤軍奮闘することに困難がつきまとうと思うのですが、これを乗り越えるためのアドバイスはありますか?
谷崎氏:それでも孤軍奮闘するしかありません。困難があっても孤軍奮闘を続けていくことで、次第に仲間が集まってくるのだと思います。
澤氏:イーロン・マスクは「励ましを求めている時点で起業家には向いていない」と語っています。世の中を変えたいと本気で思うのであれば、孤軍奮闘することさえも楽しむくらいの気概が求められるのではないでしょうか。