【イベントレポート】
トヨタのMaaSを担うKINTOテクノロジーズ~グローバル開発の今と未来~
KINTOテクノロジーズ株式会社
トヨタのモビリティビジネスをテクノロジーでドライブするテックカンパニーとして、2021年4月にKINTOテクノロジーズが設立されました。
日本国内だけでなく、世界各国への展開をすすめる同社はグローバルな展開を見込んだ開発スタイルや、トライアンドエラーを前提としたマインドセットが根付いていました。
こうしたグローバル開発が当たり前になる環境において、エンジニアにはどのような資質や意識が求められるのでしょうか。
日本そして世界でKINTOのサービスを開発するKINTOテクノロジーズ株式会社 取締役副社長の景山均氏と、元日本マイクロソフト 業務執行役員でITテクノロジーとキャリアデザインについてのオピニオンリーダーとして活躍する、JAC Digitalアドバイザーの澤円氏が対談したオンラインイベントの様子をレポートします。
KINTOテクノロジーズ株式会社 取締役副社長
景山 均氏
楽天にて、楽天グループのインフラや、IDサービス・スーパーポイントサービス・メールサービス・マーケティングDWH・ネットスーパー・電子マネー・物流システムなどの開発を統括。 その後、ニトリのIT、物流システムの責任者を経て、2019年6月にトヨタファイナンシャルサービスに入社。2021年4月より現職。
株式会社圓窓 澤 円氏
元日本マイクロソフト業務執行役員。
現在は、数多くの企業の顧問やアドバイザーを兼任し、テクノロジー啓蒙や人材育成に注力している。
2021年4月より株式会社JAC Recruitment デジタル領域アドバイザーに就任。
1.交通手段としてのクルマから、サービスとしてのクルマの探索へ
澤氏:「愛車」のように「愛」がつく物ってなかなかありませんよね。
僕にとってクルマは愛すべき物で、乗ることはエンターテイメントだし、所有していること自体にも幸せを感じます。それでも、純粋な移動手段として見た場合には、トゥーマッチだと感じる人がいることは理解できます。
景山氏:GAFAのようなテック企業がクルマに関心を持ち始めたことに、トヨタでも危機感を持っています。クルマそのものは進化していても、売り方だけは数十年変わっていない。
そこを変革するために新しい売り方を立ち上げました。クルマのサブスクのKINTO ONEにその考えが反映されています。
トヨタ本体では事業に対するネガティブチェック(※1)が二重三重に機能するなど組織の規模が大きく、ゴールイメージの持てない新規事業を探索するには不向きな点がありました。
そこでKINTOおよびKINTOテクノロジーズを外に置き、とにかくクイックに世の中に出してお客様の反応を見ることを重視しています。リーンスタートアップで言われるMVP(Minimum Viable Product)という考え方も取り入れて、スピード優先でトライアンドエラーを繰り返し、ときには失敗したサービスを閉じたりしながら成功に向けて動いています。
※1…ビジネスにおいて、弱みや欠点などのマイナス要素を事前に調査、評価すること
2.地方や世界におけるクルマの位置付け
景山氏:日本の若者がクルマを持たない・持たなくて良いと考えるという話がありますが、 これは東京中心の考え方だと思います。
大都市はマーケットが大きいのでマジョリティの意見になることは理解できますが、地方ではクルマは必需品です。実際、地方への転勤がきっかけでKINTOを契約いただくお客様も多くいらっしゃいます。
グローバルで見るとさらに大きく違い、アメリカではクルマがないとどうしようもありません。テキサスやユタなど広大な土地を走り回る場所では、タコマ(トヨタのピックアップトラック)が絶大な人気を博しています。
アメリカはトヨタブランドに対する信頼感も強く、日本人よりも嬉々としてトヨタのことを喋ってくれると感じます。
澤氏:
海外に行った知人に話を聞くと、クルマに対する考え方の違いに驚かされます。クルマに乗ろうと思ったら、お店に行けば「これに乗って帰ろう」くらいの手軽さで手に入るそうです。
アメリカは土地が広い割に鉄道が発達していないので、クルマを手に入れるためのスキームが発展しやすいのでしょう。
景山氏:
アメリカではクルマを一括で買う人は少なく、大半がリースのビジネスモデルです。日本のように納車を待たず、販売店にある在庫を買うケースも多い。
当然ながらKINTOのグローバル展開においても、日本のモデルをそのまま使うのではなく、各国のマーケットに合わせて展開していく必要があります。
現在KINTOのサービスは大きく6種類ありますが、リージョン(地域)によって特徴があります。通勤にクルマを使う頻度や、Uberのようなライドシェアのドライバー需給などによって、サービスの需要や展開が異なっていますね。
−−初心者ドライバーがクルマの購入を考える際、プロと相談できる販売店が良いと思う方もいらっしゃるかと思いますが、Webで初心者の不安は解消できるとお考えでしょうか。
景山氏:KINTOのデータを分析すると、Webだけで購入に至る人はほとんどデジタルに関するナレッジやスキルが高い人たちでした。
サービスのメリットとデメリットを正確に理解しているからこそ、販売店で聞かなくても購入できるわけですが、全体としては多くありません。むしろ、大多数は販売店で販売員と相談したいと考えています。
澤氏:プロがいる販売店の価値は損なわずKINTOのサービスを提供できているし、利益を奪い合うよりも双方のシナジー効果の方が大きいのですね。
3.KINTOのグローバル開発を加速するクラウド活用
景山氏:KINTOのサービスはクラウドで開発しています。メインはAWSですが、必要に応じてGCPやAzureなども使い、マルチクラウドで運用しています。
KINTOが世界で展開できる理由は、クラウドネイティブでアプリケーションを開発しているからです。
ローカルなサービスやライセンスだと、海外に進出した際に契約だけで時間を取られてしまうので、極力パブリッククラウドの機能だけで構築しています。今ではテンプレート化したので、3営業日あれば世界中どのリージョンでも基盤を構築できるようになっています。
KINTOのグローバル展開で重視しているのは、我々が用意した基盤によるスピーディな立ち上げと、その後のローカルマーケットに合わせた現地での開発です。
欧米はかなりの開発リソーセスがありますが、それ以外の国からはヘルプ要請が来るケースもあるので、その場合は開発の肩代わりや戦略立案も含め、幅広く日本からサポートしています。
澤氏:マイクロソフトはプラットフォーマーなので、むしろ地域での差別化要因を無くす方が戦略として正しいという判断になります。マーケットに刺さることを重視する一般的なサービスとは毛色が違いますね。
商売の慣習やライフスタイルに応じて、色々な部分を最適化してければKINTOの差別化になると思います。改変する余地を残しておかないと、テンプレートに従うだけでマッチングせず使われない状況になりかねない。
逆に、カスタマイズしすぎるとメンテナンスのリソースが肥大化してしまうので、フレキシビリティーをどの程度作るかの判断がグローバル展開における勘所になります。
4.データはクルマのあり方を根本から変える
−−KINTOはグローバルな環境でサービスを開発していますが、日本とそれ以外の国での違いはあるのでしょうか。
景山氏:日本ではトヨタに代わって実験的な試みを重ね、それをフィードバックする役割を担っています。たとえばトヨタはメーカーとしてクルマを販売店に卸しているだけなので、お客様の情報はトヨタでなく販売店側のみにありました。
トヨタとお客様を初めて直接つなぐ接点になったサービスとして、Web的なデリバリー能力やビジネスノウハウを反映しています。
また、クルマ作りを変えていこうという発想でも動いています。たとえばKINTOでクルマを購入いただくと納期が短くなるのですが、これはインターネットでの買い物の一般的なイメージに合わせようというトヨタの明確な意思表示です。
昨今のサステナビリティやSDGs的な観点も踏まえ、中古車の扱いやリサイクルにも取り組んでいます。
KINTO ONEで提供するGRヤリス・モリゾウセレクションでは、お客様の操作データを収集し、個人にあったペダルやハンドルの重さをカスタマイズしています。
こうした流れを他のクルマに適応させていけば、古いクルマでもソフトや安全装置を最新の状態にアップデートすることで、中古車という概念がなくなっていくかもしれません。
澤氏: 私がエバンジェリストを務める日立製作所では、発電所から鼻毛カッターまで極端に広い製品のラインナップを持っています。
これだけ幅が広い中で、ものづくりだけにフォーカスしていると、それぞれの組織がサイロ化(外部との連携をせず孤立している状態)してしまう。そのリスクを踏まえて生まれたのが、データを共通基盤化して、同じ観点から色々なものを繋いでいこうという考え方でした。
KINTOも今まで「もの」だったクルマがデータ化されて、マーケットのデマンドに応じて上流に移動していますよね。サービスそのものが商品であり、運用そのものが戦略であるような状態になれば、クルマのあり方に対する定義まで踏み込んでいけるように思います。
リージョンごとにサイロ化せず、プラットフォームを整えてデータを分析できる状態になれば、グローバルな展開が全てプラスに働いていきます。
−−リージョンによって異なるサービスの企画や開発は、どのように行なっているのでしょうか。
景山氏:現地のITパーソンは現地で採用しています。グローバルでの開発力を高めていくために、本社から人を出したり、ローカル人材を集めて研修したりというやり方を考えているところです。
また、ITの地位が高くない国もあります。基幹システムばかりやっている国では、ITパーソンの評価が低いケースもあります。優秀な人材を採用するためには、エンジニアと事業が対等であるべきです。
むしろ、テックドリブンでないと良いプロダクトは作れないと思っています。
5.グローバルなプロジェクトに求められるエンジニア像
−−一緒に働きたいと思うエンジニアはどのような方でしょうか?
景山氏:トライアンドエラーをクイックにできる人ですね。私たちは正解が分からない中で戦っているので、決められたものを言われた通りに作ることはまずありません。
ハードワークになることもありますが、チャレンジが好きで、自ら仕事を見つけて取り組んでくれる人だと嬉しいです。
人事制度はITパーソン向けに一から作りました。リッチな研修制度はありませんが、その代わり研修予算はたくさんあるので、自分で申請してくれればサポートできます。会社としての開発標準もありませんが、逆に言えばチームメンバーで自由に決めて大丈夫ということです。
−−一グローバルな環境で開発していく際に求められる能力には、どのようなものがあるでしょうか?
澤氏:タスクを「与えられるもの」ではなく「取りに行くもの」だと思えるかどうかでしょうか。さらにタスクのオーナーになったら、社長のようなオーナーシップを持つことが重要です。
言われたからやるのではなく、このタスクは自分のものであり自分がマネジメントするんだ、確実に最初から最後まで責任を持つんだ、というオーナーシップを意識できるかどうか。
そのマインドセットを持っていれば、ゴールに向かう途中で色々な疑問が出てくるはずです。
ビジョンは良いがコンセプトがおかしいとか、どこかでボトルネックが起きそうだとか。それが分かった時点で、必ず意見を言ってアウトプットできる人が求められるのではないでしょうか。
日本人にとっては大変なことかもしれませんが、オーナーシップが強烈な海外のメンバーと仕事をする際には、こうしたマインドセットのアップデートがエンジニアにとっての生命線になると思います。
6.エンジニアとして成長するために必要なこと
−−グローバルな環境でも働けるエンジニアとして成長するためには、どのようなことをすれば良いのでしょう。
澤氏:大前研一氏は「人生を変える方法は3つしかない」と語っています。
時間配分、付き合う人、住む場所の3つを変えると人生は劇的に変わる。逆に、一番意味がないのが「決意を新たにすること」。心を切り替えるだけでは意味はないので、具体的に行動しなければいけません。
マインドセットをアップデートするなら、今まで会話したことのないようなコミュニティに入って意見交換するのは良いですね。同様にKINTOで働くなら、自分から「海外で働きたい」と言って別の国で揉まれるのも素晴らしいですね。
与えられるのを待つのではなく、取りに行くかどうかで随分変わってくるのではないでしょうか。
景山氏:事業や販売店のために仕組みを提供することにモチベーションがあって、技術そのものに興味がないという考え方は、エンジニアとしてはとても危険だと思います。
テックパーソンである以上、現場の人間が言うことに従うだけではなく、会社の将来ビジョンを考え、先を見据えた技術やアーキテクチャで貢献することが求められると思います。
澤氏:忙しいふりをしていると褒められるから、余分な仕事を作る人っていますよね。
現場が欲しいと言っているシステムも、仕事をしたつもりになるための手段かもしれない。全てがそうとは限りませんが、本質的に必要なものを見極めて、業務をどんどん効率化していくのがITの本領です。
景山氏:ベンチャーの経営者は口を揃えて「現場が楽になるだけのシステムは作らないでくれ」と言います。工数を減らすシステムを作ったとしたら、それによって部署が何人削減できるかを問われる。余裕ができても他の仕事をやってしまうなら無意味ですよね。
エンジニアやマネージャーだったとしても、社長の気持ちになって考えてみてください。それは本当にシステムで実現する必要があるのか。アルバイトを何人か入れたら解決するのではないか。
特に今の時代、エンジニアのリソーセスは貴重ですから、会社にとってバリューのあるところに充てたい。そういう経営者の思いを想像してみてください。
この記事の筆者
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