技術革新を通じ、社会課題解決に取り組むスタートアップ企業が、近年さまざまな業界で躍進しています。そのような中で、今回は注目のスタートアップ企業のCEO三名にご登壇いただき、大手企業から転身・起業された経緯や思いなどについて語っていただきました。
起業を志した理由や、中途採用で判断するポイント、スタートアップで活躍する人材に求められるマインドなどについて、元日本マイクロソフト業務執行役員でJAC Digitalアドバイザーの澤円氏が迫ったイベントの様子をお届けします。
※ 本記事は2023年4月12日にJAC Digitalが開催したオンラインイベントを一部抜粋・再構成したものです。
―1. 大手企業から起業家への転身
澤氏:今日は大手企業出身で、スタートアップ経営者となったお三方にお越しいただきました。まずは簡単な自己紹介と、スタートアップの起業を決意した、あるいはその挑戦を突き動かしてきた原動力について教えてください。
佐藤氏:Shippioの佐藤です。新卒で三井物産に入社し10年間勤めたのち、国際貿易や物流のDXを進めるShippioを会社の後輩と創業しました。現在の社員数は60名ほどです。
30歳の頃、仕事で中国に駐在していたのですが、そこは若手の起業家が次々と生まれている環境でした。実際に会社を立ち上げた友人にも刺激を受けて、自分でも起業したいと思いました。一方で、同じ会社で10年働き続け、十分な額の給料ももらっていたのですが、次第に「自分で稼いでいる」という感覚が薄れてきていました。40代に人生をつなげていくために、30代で自分の力で事業を立ち上げて雇用を生むことができる事業家になってみたいと思ったことも、起業に至った理由の一つです。
佐渡島氏:セーフィーの佐渡島です。ソニーネットワークコミュニケーションズから関連会社のモーションポートレートに出向している間に、録画データのクラウド活用を行う事業のアイデアを思いつき、二人の同僚と起業しました。2021年9月に上場し、現在、従業員数は400名ほど、売り上げは100億円程度です。
勤めていた会社はかなり自由で、自発的な提案も受け入れてくれる環境でしたから、起業しようという意識は強くありませんでした。サラリーマンとして楽しく暮らし、マイホームを建てたのですが、防犯カメラの価格の高さとスペックの低さに驚かされました。業界の構造に疑問を持つとともに、当時は画像処理技術の開発に携わっていたので、防犯カメラを映像データプラットフォームの入り口としてAIと組み合わせれば、きっと面白いことになるだろうと事業のアイデアを思いつきました。
同僚と市販の防犯カメラを分解して中身を調べたり、システムを作ったりして事業計画まで練った時点で「これは社内で進めるには時間がかかる」と思ったのです。会社のプロジェクトではなく、自分たちで会社を起こして進めることに決め、辞表を出すのと同時に会社から出資してもらうようなかたちで事業が始まりました。
佐々木氏:Hacobuの佐々木です。企業間物流の情報プラットフォームを作っており、スタートアップの立ち上げはHacobuで3社目となります。新卒でコンサルティング会社に入り、その後アメリカで勤めたのち、日本で起業しました。
昔から身近な方々が事業に取り組んでおり、話を聞くたび「自分の生き方とは違うな」と思っていました。憧れを持ちながらも踏み出せなかったのですが、20代でアメリカの西海岸に留学したとき、普通の道から外れて暮らす人たちを見て「自由に生きていいんだ」と刺激を受け、起業する勇気が出ました。コンサルティング会社の仕事は大変でしたが、どこか80%くらいの力で働いているような感覚も抱えていました。対して、自分で事業をやるとなれば、120%の力を出さなければ立ち行かなくなります。それが生きている実感につながり、結果として30代のうちに3社も作ってしまいました。振り返ると、スタートアップ経営者が天職だったのだなと感じています。
―2. 事業を続けるために、打席に立って運を呼び込む
澤氏:スタートアップは「起業しておしまい」ではありません。何年も経営を続けていくにあたって、日々の苦労や覚悟しておいたほうがいいこと、大変だったことなどあれば教えてください。
佐渡島氏:ハードウェアを扱うこともあり、年間収益が1億円に達するまでには4年かかっています。最初は家庭用のカメラを展開するつもりでしたが、事業が拡大するきっかけとなったのは建設現場での活用でした。会社のプロダクトがお客さんのニーズと合致する、いわゆるPMF(Product
Market
Fitの略、製品が適切な市場で受け入れられている状態を指す)を達成するまでは、非常に大変でした。サラリーマンと経営者の一番大きな違いは、資金調達から販売、カスタマーサポートまでをすべて自分でやることなのだと実感した、非常に泥臭い4年間でしたね。
佐々木氏:これまで3社を立ち上げたなかで、スタートアップの成功には運も相当関わってくると感じています。私の場合、1社目はある程度ヒットしましたが、2社目は投資家に見向きもされず、30代中盤で3年間ほど自分の給料がなかった時期もありました。Hacobuは仲間にも恵まれて、創業9年目、社員数も120名となりましたが、この3社はすべて同じ「佐々木
太郎」という個人が立ち上げているわけです。個人の能力もある程度は関係するでしょうが、どの領域にチャレンジするかという目利き力、あるいは運を呼び込むような力も重要だと思います。
澤氏:事業は始めてみなければわからない、不確定な賭けのような部分があります。少しでもその成功確率を上げるためには、行動して打席に立ち続け、運を呼び込むことしかないです。何度失敗しても傷つきにくい、いい意味での鈍感さも必要なのかもしれませんね。
佐藤氏:「行動しないと運も来ない」という話に共感します。私も起業当初、実績もお客様もまだまだいないなかで、とある起業家に自分から投資をお願いしたところ、即決で500万円の出資をいただいたこともありました。踏み出すことや行動することに躊躇する人も多いと思うのですが、やはり一歩進むと、見える景色は変わると思います。
僕自身が大変だと思うのは、起業家として長く戦い続けることです。本当に大きなビジネスをするなら10年単位で取り組む必要があり、その間ずっと気力・体力を充実させ続けることは容易ではありません。起業家仲間にはメンタルヘルスの問題を抱えたり、突然連絡が取れなくなってしまう人もいます。ポジティブなコンディションを維持するために、焦りや妬みといったネガティブな気持ちに引きずられず、ある種の鈍感さを持ちながら、自分や周りを鼓舞していかないと、長い期間にわたって行動し続けることはできないのかなと思います。
―3. スタートアップ転職への不安を断ち切るには
澤氏:スタートアップへの転職を検討する際には、パートナーや家族との関係性や、収入の変化も現実的に考える必要があると思います。大企業からスタートアップへの転職で悩んでいる方に対して、どのように声をかけますか?
佐々木氏:そもそも、大企業かスタートアップかという二項対立で考える必要はないと考えます。スタートアップでの経験は肯定される時代になっていますから、もしうまくいかなくても大企業に戻ればいい。逆に、興味があることを残しているとモヤモヤ感を引きずってしまうので、そういう方は一度スタートアップにいくのがいいと思います。
佐渡島氏:たとえば直近で安定した収入が必要であれば、シード期(事業が本格化する前)のスタートアップでは難しいですよね。しかし、立場やタイミングが違えば、長い目線でストックオプションを狙うような戦略も持てると思います。こうした金銭面も含め、私は転職しようとしている当の本人だけでなく、パートナーや家族の方ともお話しすることがあります。なぜなら、悩んでいる原因は給与なのか、それとも企業としての信用なのか、しっかり理解することが必要ですから。
トップや経営層も含めて時間をとり、お互いの価値観や大事にしているものを話し合うことで、不安は解消に向かうと思います。
―4. 社会貢献やカルチャーフィットでスタートアップを見極める
澤氏:「スタートアップ企業」と一言でくくっても、そこにはさまざまなフェーズがあり、働き方や関わり方のバリエーションもさまざまです。もし皆さんが今転職するとしたら、どのような目線でスタートアップを選びますか?
佐々木氏:社会的なミッションを掲げている会社は持続性が高く、いろいろな仲間も集まってきますから、社会課題を解決しようとしているかどうかを重視します。また、スタートアップのカルチャーは経営陣がつくるものです。たとえば、経営陣の性格やスタンスといったことも含めて調べ、転職した後にカルチャーのズレを感じないように気をつけたいですね。
佐藤氏:会社を育てて売却できれば幸せ、だという人もいれば、本気で複雑な社会課題の解決に長期間取り組む人もいますから、トップが何をしたいのかをしっかり聞きたいと思います。
また、オフィスを訪れるとその会社の雰囲気がよくわかります。ゴミが落ちていない、お客さんが来たらしっかりあいさつする、といったベーシックなことがきちんと守られていない会社は、少し危ないと思います。
佐渡島氏:自分の気持ちや興味と合致し、好きになれる会社であることが大前提です。その上で、経営者がチームとして動いているかを気にします。トップが一人で回しているような会社では、ただ言われた通りにしか働けない場合もあります。経営チームが権限を移譲しあって、新しいことにチャレンジできているかどうかは重視したいポイントです。
―5. スタートアップへの転職を検討している人たちへ
澤氏:それぞれの会社で、どのような方と一緒に働きたいですか?
佐藤氏:私は、一つ目に三造化して考える力。二つ目に、情熱と好奇心を持って、人に馬鹿にされようが気にしないほどのエネルギーを持っていること。最後は暗闇を疾走する力、言い換えれば不安定な時期でも前に進んでいける能力を持っていることです。これらを持ち合わせた方であれば、一緒に働いていて楽しいと感じられます。
佐々木氏:いまだにFAXや非効率なツールで仕事が進む職場に疑問を持つような、世の中に疑問を持ち、自らの違和感を武器に、社会を変革したいと信念を持つ人に来てほしいです。日本企業の岩盤のように固いレガシー領域をアップデートさせていくことが実感できると思います。
佐渡島氏:セーフィーは上場企業ですが、グローバルで勝つことを目指しているので、シリーズAぐらいの気持ちで事業を進めています。ソフトウェア単体では英語圏が有利かもしれませんが、ハードウェアやロボティクスを絡めれば日本にも強みがあります。世界に向けてチャレンジしたい、会社をグロースさせたいと思う方に来てほしいです。
―6.質疑応答
Q.スタートアップへの転職にはリスクも伴うと思います。大手企業からスタートアップ企業へ転職するべき人の性質や、転職する際の覚悟をうかがいたいです。
佐々木氏:立ち上げから間もない時期と、100人や300人を超えた段階では、会社の状況が大きく異なりますから、スタートアップとしてひとくくりにする考え方はやめましょう。たとえば「20~30人程度でPMFも達成していないスタートアップへの転職はリスクがあるけれど、楽しめることも多いはず」というように、会社のフェーズごとに考えてみてください。
佐藤氏:分からないことだらけでも歩みを止めずに進んでいく、暗闇の中を全力疾走するようなフェーズのスタートアップでは、自分の人生にアジェンダを持っている人たちが強さを発揮します。たとえば「日本にインサイドセールスの文化を根付かせたい」、「日本一のチームを作りたい」といった個人の目標があれば、結果がなかなか出ない時期でも、それに目掛けて全力疾走できますし、辛さやストレスにも耐えられるでしょう。人生のアジェンダがある人こそ、スタートアップにいくべきだと思います。
佐渡島氏:ゼロからの事業立ち上げや、組織成長のためにコミットするなど、会社の規模によって業務内容も異なりますし、選び放題と言えるような数のスタートアップが存在します。そこでの覚悟というか、判断基準として大切にしていただきたいのは、自分の興味関心に忠実に、その会社が好きだと思えるかどうか。私も最終面接では、「ここが“自分の会社だ”と思えたら来てほしい」と伝えています。自分が純粋に興味を持てない会社で、長く働き続けることはできませんから。
澤氏:外部からスタートアップを手伝うという始め方もあると思います。ただし、手伝うのであれば評論家にならず、会社の一員だと思えるほどの当事者として振る舞ってください。
Q.スタートアップ企業の年齢層を見ると、平均30代前半が多いようにみえます。50代前半の転職は採用する側として躊躇してしまいますか?
佐々木氏:私たちHacobuのようにレガシー領域に取り組む会社であれば、シニアの方々も活躍できると考えます。スタートアップの解像度を上げて、自分の経験を生かせる会社を探してみてください。
佐藤氏:スタートアップは変化が激しいので、自分を一度まっさらな状態に戻して、スポンジのようにインプットしていくことが求められます。年齢を重ねると、体と同じように頭も硬くなっていきがちですが、この「アンインストール力」とでも呼ぶべき力は年齢を問わず必要になる能力です。
一方で、年齢による適性は役職によるところも大きいです。Shippioの業務では官公庁や業界団体などと一緒に対応をしていくような場面もあり、そこでは新卒や若手の方よりも40代や50代などのビジネス経験のある方々が強みを生かせます。会社が大きくなってからの報道や広報対応でも、経験やリレーションを豊富に持つ方々の経験が役に立つと思います。
佐渡島氏:セーフィーでは私のサラリーマン時代の上司が引退後に一緒に働いてくれていますし、工事の現場では60歳の方も活躍しています。ダイバーシティや事業の推進力という意味でも、人の経験や能力は大事にしています。ただし、前にいた会社の看板を引きずったり、自分の立ち位置を気にしたりする方にはスタートアップをおすすめできません。これまでの肩書きを気にせず、平場から勝負していくつもりの方であれば、一緒に働くメンバーからの共感も得やすいと思います。